自分の家をつくる1
昭和五五年三月、長野県大町市に住む小学校教師、等々力美貞先生は、三六年半にわたる教員生活にわかれをつげた。
五七歳。
定年を一年残しての退職だった。
どうしてもやりたいことがあったからである。
肉体がおとろえたらこの仕事はむずかしくなる、それまでの履歴と、今後の生活設計などをタイプ印刷して、友人、知人に配布した小冊子の中に、先生は、「これからやりたいこと」の一つを、次のように書いた。
「ソファー 通販などにもこだわった自分の家をつくってみたい。
昨年の秋、東電の作業所で要らなくなった電柱を一〇〇本買った。
その中の半数を半丸太に製材してもらって計一五〇本、運搬費を含めて三〇万円也。
これを使って人気のない山の中に丸太小屋を作る。
ある友人にこのことを話したら、<お前はついに社会復帰できないまま死んでしまう>と言われた。
それも判らないではないが、どうしてもやる。」