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      <title>でりしゃす・らいふ</title>
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      <description>さいごまでおいしく</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
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         <title>利害をともなう賭け　3</title>
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おなじサイコロでも、それがかわいらしい子どものすごろくに用いられているかぎりでは無邪気な遊びにすぎません。


しかし、これがいわゆる丁半賭博につかわれるようになり、表にでたさいの目が偶数であるか奇数であるかによって、勝ったほうが賭け金をとり負けたほうが賭け金をうしなうというようなことになれば・・・


これは「賭博」なのです。


ですが金銭的利害をともなわない賭けはべつだん問題とするにはあたりません。


ひょっとすると人生そのものも賭けの連続であるかもしれないからです。


しかしいったんこうした偶然に金品の授受がともなうようになると、単純な賭けはもはやそこでは成立せず、真剣な金銭的授受が興味の中心になってゆくのです。


このあたりのところが人間心理の複雑なところであって、じっさいは利害関係が成立したときに賭けの楽しみはいちだんと深まってゆくものなのです。


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         <pubDate>Wed, 08 Feb 2012 16:47:10 +0900</pubDate>
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         <title>利害をともなう賭け　2</title>
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グー、チョキ、バーのいずれを選んでだすかは、偶然と直感の支配するものであって、したがってこれは広い意味での賭けの一例というべきでしょう。


またこのごろではかなりすたれてしまいましたが、サイコロを振ってすごろくを楽しむというのも、サイコロという偶然的要素の強い媒介物が存在している以上、賭けの要素を多く含んでいます。


百人一首をかさねて遊ぶ「坊主めくり」についてもおなじことがいえます。


また、学校や職場で当番を決めたりするときに「あみだくじ」をつかうというのも、あきらかに賭けです。


・・・しかし、こうした賭けは刑法の上でいう「賭博」ではありません。


いったいどこがちがうのでしょうか？


・・・答えは単純であって、要するにそうした賭けに金品の授受がともなうか否かが境界線になるのです。


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         <pubDate>Wed, 11 Jan 2012 16:46:21 +0900</pubDate>
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         <title>目頭が熱くなる映画</title>
         <description><![CDATA[『ポルノグラフィックな関係』という映画。


<a href="http://www.rental-station.jp/" target="_blank">プロジェクター レンタル</a>して観た。


どこかでジーンと目頭が熱くなるのが映画だと思っている。


だからといってわざとらしいお涙ちょうだいものは苦手。


だって涙腺の弱い私はそんなものにだって大泣きするに決まっている。


そんなときはどうしようもなく後味が悪いものだ。


1948年生まれのナタリー・バイ。


少しも派手じゃなく感じが良く、身体の線が美しい。


背中のライン、ウエスト、羨ましいほどに贅肉がない。


それに比べて私ったら、ああ、水泳に通わなきゃ、美容体操くらいやらなきゃねえ。
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         <pubDate>Mon, 12 Dec 2011 17:19:54 +0900</pubDate>
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         <title>利害をともなう賭け</title>
         <description>
日本文化のなかに強く根づいていますが、ある種の直感力と勇気によってイチかバチか「当たってくだけろ」という精神・・・


これは、こんにちのビジネス社会のなかでも健在なのです。


・・・とすれば、パチンコにかぎらず偶然というものになにかを期待する賭けの精神がわたしたちの精神のなかに力強くなみうっていることを、はっきりとここで確認しておく必要もあろうかとおもわれます。


・・・さて、わたしはこれまで、賭博、賭け、ゲームといったようなことばを、漫然と使用してきました。


しかし、賭けはかならずしも厳密な意味での「賭博」を意味するものではありません。


たとえば、子どもたちがジャンケンで順番を決めるといった風景はいたるところでみうけられます。

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         <pubDate>Fri, 09 Dec 2011 16:45:33 +0900</pubDate>
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         <title>子どもたちのために！　６</title>
         <description>今北さんは、そのころから、人間のつながり、人の心のありがたさをつくづく感じるようになったという。

人が困っていたり、つらい思いをしたりしているとき、黙っていられなくてかけずりまわり、助けようとしてくれた人たちは、けっして学歴が高い人でも金持ちでもなかった。

むしろ、弱い人間、社会的には低くみられている人間であった――と。

そのころを振り返って、今北さんは目を潤ませる。

去年の冬、ぼくは仙台の今北さんの塾を訪ねた。

スタッフは今北さん一人だが(奥さんがときどきピンチヒッターに出るとのこと)、十数人の高校生がアシスタントとして教室にいた。

どの高校生もういういしく、いい顔をしている。

塾生たちも、今北さんや高校生たちといることが、なんとはなしに楽しそうで、どの顔もほころんでいた。

あとでわかったことだが、それもそのはず、そこにいた高校生の何人かは、例のDクラスのもと生徒たちであった。




さぞかし、雰囲気のいい塾なんでしょうね。卒業生がアシスタントをやっている塾というのはよくあるらしいですが。</description>
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         <pubDate>Fri, 18 Nov 2011 14:37:59 +0900</pubDate>
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         <title>子どもたちのために！　５</title>
         <description>今北さんともう一度勉強したい、という子たちであったが、その子たちの弟や妹、それに、Dクラスの子たちがロコミで集めてくれた生徒たちで、塾生は十数人になった。

しかし、それでも親子三人が生活できるまでにはいたらなかった。

塾生の父母はそのことを知っていて、お米や野菜、卵などを差し入れてくれたり、中華ソバ屋の主人が無料の出前をしてくれたりした。

以前、板前の見習いをしていた店の主人は、たびたび電話をかけてきては、「ちょっと来ないか」と今北さん親子をよびつけた。

腹一杯食べさせようとしてのことだった。

こうした人の情に、妻は赤子を抱きながら、今北さんははしを持ったまま、湯気の立つなべやどんぶりをまえにして、何度も泣いた。

塾生やその親たちは、一人、また一人と生徒を引っぱってきてくれた。

やがて、そのなかの一人の親から、「わたしの親戚のところが空いてるからいらっしゃい」と、むりやり塾の教室を移させられた。

場所は市の中央であったが、家賃は相場の半額以下であった。



以前いた塾の生徒達に助けられるなんて、人生は何があるかわかりませんね。</description>
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         <pubDate>Tue, 18 Oct 2011 14:35:19 +0900</pubDate>
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         <title>子どもたちのために！　４</title>
         <description>考え方や見つめる方向がちがうことをはっきり知った彼は、進学塾を飛びだし、また一人になった。

いや、そうではない。

当時はすでに妻と生活をともにしており、半年まえに生まれたばかりの赤ん坊を抱える身であった。

妻は、ひとことも愚痴めいたことを言わなかったが、無一文の生活は彼をあわてさせた。

そんなとき妻の祖母にあたる人が「仕事は自分の思うとおりにするのがいちばん」といって、貯えの十万円をポンと出してくれた。

地獄に仏――今北さんはそれを元手に市のはずれに小さなアパートを借り、そこで塾のスタートをきった。

「寺子屋・北そう舎」―塾の名まえは決まったが、塾生は集まってこなかった。

彼は近所や商店を訪ね歩き、手書きのチラシをつくっては、それを一人ひとり手わたしつづけた。

やがて、そのことを聞きつけて何人かの生徒が集まった。

例の進学塾にかよっていたDクラスの子どもたちである。


自分で塾を開くにはこうやって地道にチラシを作ってまく事から始まってくるんですね。</description>
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         <pubDate>Sun, 18 Sep 2011 14:33:39 +0900</pubDate>
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         <title>古代の魔術と占い</title>
         <description><![CDATA[
タイやビルマでは、右手に聞くキツツキは吉、左は凶としています。


古代カレドニア人・ギリシア人・ローマ人たちは、この右・左の尊卑観念にひどく固執していたようです。


そしてその旧習が、なお現在にいたるまで永く尾をひいて来ています。


・・・たとえば、握手は右手ですることになっています。


そうするのが礼儀上正しいのだと人は言いますが、むかしはそれは礼儀の問題というよりは、むしろ右手を吉とする魔術的な意味と、もう一つ・・・


右手は武器をもつ手であり、力の表象でもあるから、敵にこちらの力を握らせて親善の意を尽す魔術的意味から来た風習でした。


こういうことに興味がある方は、<a href="http://www.uranai-king.com" target="_blank">電話占いのランキング</a>も見てね。


]]></description>
         <link>http://officedutourisme.info/2011/09/post_36.html</link>
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         <pubDate>Tue, 06 Sep 2011 19:06:33 +0900</pubDate>
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         <title>自分の家をつくる３</title>
         <description><![CDATA[しかし、大工の心得のない人たちが、廃材を集めたりして丸ごと一軒の家まで建ててしまうとは、しかも、そういう冒険野郎が全国各地にいるとは、実のところ驚きであった。

「ウッディ・ライフ第六号」に載った等々力さんの家は、その中で格段に引き付けるものがあった。

建て方のきまりきった工法や丸太積みのルールといった常識にまったくこだわらないつくり方だったからである。

私たちの遠い祖先たちは、<a href="http://nuqmo.com/" target="_blank">ソファー　ベッド</a>などはもとより、自分のすみかは自分の手でつくっていた。

他人の助けを借りられない場合は、自ら、建て方を工夫しなければならなかったはずである。

だから、住まいはみんな個性的な姿をしていたにちがいない。

そうした建築の原点にちかいものが、この家にはあるのではないか。

自分の目でそれを確かめたかった。

五月初旬のある日、私はカメラと交換レンズに三脚、そしてテープレコーダーを携えて汽車に乗った。]]></description>
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         <pubDate>Thu, 18 Aug 2011 14:31:54 +0900</pubDate>
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         <title>自分の家をつくる２</title>
         <description><![CDATA[「生来、せっかちなたちだが、年月をかけてじっくりやるつもりである。

その内壁にはこども達から記念に贈られた<面>をはめこむ。

<a href="http://nuqmo.com/" target="_blank">ベッド 通販</a>のほかその室内の調度は自分で作る。

女房にも諒解ずみである」

実際、この宣言はまもなく実現した。

まったくの素人が一人でとりくんだその家は、その年の秋に立派に完成したのである。

私が、写真でこの家を見たのは『別冊・山と渓谷』の「ウッディ・ライフ」である。

手づくり志向、山や森や湖での自然生活へのあこがれ、本物の木への郷愁など、いまの若者がいだくそうした夢に答えて、いま流行のログ・ハウス(丸太組みの家)づくりや、素人の手づくりの家などを紹介した雑誌(年二回刊)である。

徐々にではあるが、昔のような自給自足のくらしへの関心が高まっている。

だから、畑をつくり、ミソやトウフをつくり、ペンキを塗りなおし、いすや本だなをつくる程度ならうなずける。]]></description>
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         <pubDate>Mon, 18 Jul 2011 14:30:27 +0900</pubDate>
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         <title>自分の家をつくる１</title>
         <description><![CDATA[昭和五五年三月、長野県大町市に住む小学校教師、等々力美貞先生は、三六年半にわたる教員生活にわかれをつげた。

五七歳。

定年を一年残しての退職だった。

どうしてもやりたいことがあったからである。

肉体がおとろえたらこの仕事はむずかしくなる、それまでの履歴と、今後の生活設計などをタイプ印刷して、友人、知人に配布した小冊子の中に、先生は、「これからやりたいこと」の一つを、次のように書いた。

「<a href="http://nuqmo.com/" target="_blank">ソファー 通販</a>などにもこだわった自分の家をつくってみたい。

昨年の秋、東電の作業所で要らなくなった電柱を一〇〇本買った。

その中の半数を半丸太に製材してもらって計一五〇本、運搬費を含めて三〇万円也。

これを使って人気のない山の中に丸太小屋を作る。

ある友人にこのことを話したら、<お前はついに社会復帰できないまま死んでしまう>と言われた。

それも判らないではないが、どうしてもやる。」]]></description>
         <link>http://officedutourisme.info/2011/06/post_22.html</link>
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         <pubDate>Sat, 18 Jun 2011 14:26:46 +0900</pubDate>
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         <title>鉄と産業</title>
         <description><![CDATA[R・J・フォーブスは『技術の歴史』(1950年)で、産業革命の中心を蒸気機関と冶金の進歩に置いている。

この二つは大量の燃料を必要とする。

したがって木炭では限界があるので、石炭が使われるようになる。

蒸気機関と鉄と石炭は、19世紀には互いに密接な関係があった。

蒸気機関は、燃料としての石炭と機械をつくる鉄を必要とする。

石炭は掘るために蒸気機関を、運ぶために鉄道を必要とする。

そして鉄をつくるには、石炭が必要なのである。

この三者の関係が確蹉してくるのは19世紀においてである。

まず18世紀に蒸気機関が発達してくる。

それはすぐに鉱山に使われるようになる。

それまでの鉱山では、水が湧くために深いところを掘ることができなかった。

蒸気機関によるポンプで水を汲みだすことができるようになったので、地下深く採炭できるようになり、石炭の生産は飛躍的に増大した。

当時の鉄は粘りの<a href="http://www.naldic.co.jp/" target="_blank">ロートアイアン</a>ではなく、もろい鉄だった。]]></description>
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         <pubDate>Sat, 11 Jun 2011 16:58:36 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>骨と肉４</title>
         <description><![CDATA[米国の閉経期を迎えた女性にとって、心臓発作、脳卒中、乳癌より恐いものが、カルシウム不足による骨粗鬆症です。

高齢の女性がこの病気にかかると、痛いだけでなく歩くのが困難になり、骨折とくに腰の骨が折れやすくなります。

米国の骨粗鬆症患者は現在一五〇〇万人とも二〇〇〇万人ともいわれており、その大多数が45歳以上の女性です。

毎年一三〇万人以上が骨折を体験する中で、約四万人の中高年女性が骨粗鬆症で死亡しています。

また、骨折者の20%は障害をかかえたまま不自由な生涯を送っています。

もともと女性は男性より骨格が小さく、骨密度が男性より30%少ないうえに、妊娠、授乳などで体内カルシウム保有量は一層減少。

35歳を境に骨格の骨密度が低下し始め、だんだん骨は細くもろくなっていきます。

男性より運動量が少なく、更年期にエストロゲンが減少することで、骨の損失は加速します。

運動をしてみたいなら、<a href="http://www.spoken.co.jp/" target="_blank">ノルディックポール</a>を購入してみては？]]></description>
         <link>http://officedutourisme.info/2011/05/post_32.html</link>
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         <pubDate>Thu, 19 May 2011 12:16:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>骨と肉３</title>
         <description><![CDATA[このような状況からウィリアムズ博士は、「親はわが子が早く食べ、飲む習慣を改めること。

お代りや就寝前の過食は避けるべきだ」と強調。

幼児期からの肥満防止対策として次の六項目を実施すべきとしています。

①親が活動的な生活をし、子供の模範となる、②小さい頃からスポーツ教室に入れ、身体を動かすことの楽しさを教える、③親子でできる運動プログラムを実行する、④家族の行事はスポーツ中心のものを計画する、⑤贈り物やお土産は、運動用品か用具を選ぶ、⑥学校や住居を選択する場合は、遊び、運動に適した環境を選ぶ。


大人も子供も、運動を始めてみるなら、<a href="http://www.spoken.co.jp/" target="_blank">ノルディックウォーキング ポール 販売</a>でそろえてみては？]]></description>
         <link>http://officedutourisme.info/2011/04/post_31.html</link>
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         <pubDate>Tue, 19 Apr 2011 12:16:43 +0900</pubDate>
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         <title>タイアップ出版という宣伝方法</title>
         <description><![CDATA[２００５年、史輝出版とその関連出版社が、『即効性アガリクスで末期ガン消滅！』などの本に、健康食品販売会社につながる電話番号を問い合わせ先として載せて宣伝したとして、関係者が逮捕されました。
監修していた「名誉教授」も「アガリクスの販売促進のための本だとは分かっていた。
薬事法違反との認識もあったが、本に名前が出ることで有名になると思った」「薬学やがん治療については門外漢」と認め、「表現や語句をチェックしただけ。
データや証言内容の真偽は確認しなかった」と容疑を認めています。
史輝出版は「タイアップ出版」として、健康食品販売会社に新聞広告費計約２億９０００万円を負担させていました。
書籍４冊の宣伝のため、２００１年以降の約３年で約６億円を新聞広告費にあてて、約４０億円を売り上げていました。
本の帯には「ガン抑止率１００％！」と記されていたり、体験談などが書かれていましたがそれはライターが過去に出版された本を参考にしたり、がんの症例を調べて書いたのでした。
サプリメントの<a href="http://napure.jp/" target="_blank">モリンガ</a>は、その葉に血中糖度を下げる効果があるといわれています。
]]></description>
         <link>http://officedutourisme.info/2011/04/post_34.html</link>
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         <pubDate>Tue, 19 Apr 2011 11:58:01 +0900</pubDate>
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