子どもたちのために! 4
考え方や見つめる方向がちがうことをはっきり知った彼は、進学塾を飛びだし、また一人になった。
いや、そうではない。
当時はすでに妻と生活をともにしており、半年まえに生まれたばかりの赤ん坊を抱える身であった。
妻は、ひとことも愚痴めいたことを言わなかったが、無一文の生活は彼をあわてさせた。
そんなとき妻の祖母にあたる人が「仕事は自分の思うとおりにするのがいちばん」といって、貯えの十万円をポンと出してくれた。
地獄に仏――今北さんはそれを元手に市のはずれに小さなアパートを借り、そこで塾のスタートをきった。
「寺子屋・北そう舎」―塾の名まえは決まったが、塾生は集まってこなかった。
彼は近所や商店を訪ね歩き、手書きのチラシをつくっては、それを一人ひとり手わたしつづけた。
やがて、そのことを聞きつけて何人かの生徒が集まった。
例の進学塾にかよっていたDクラスの子どもたちである。
自分で塾を開くにはこうやって地道にチラシを作ってまく事から始まってくるんですね。